妙見宮と滝

このページでは南丹市八木町の妙見宮を紹介しています。


 先日、京丹波町の北山不動尊の滝の記事の中で、不動尊とそこにある滝は、地域の人から手厚く護持されていると書きました。

 北山不動尊のように現在も信仰の場として守られているところもあれば、無残に打ち捨てられようとしているところもある。南丹市八木町の妙見宮を訪ねて、そう思わずにはいられませんでした。

 戦国時代に八木城のあった城山の北西斜面中腹に建つ妙見宮は、地図に妙見宮稲荷神社と出ています。文覚上人所縁の地で、妙見宮は江戸時代に園部藩主によって再建された不動堂と一緒に建立されたものだそうです。

 管理人は八木町八木の墓地の駐車場に車を停めて、墓地に沿うようにしてついている参道を歩きました。


妙見宮(八木町)

参道の分岐に立つ石標


 最初は少し勾配もキツイですが、すぐになだらかな山道になり、いい運動になります。


妙見宮(八木町)

参道の分岐に立つ石標と石燈籠


 15分ほど登って、ここまで来れば、あとは距離も短く楽に歩けます。石燈籠には不動明王・妙見宮・稲荷神社と刻まれています。


妙見宮(八木町)

妙見宮と八木城本丸跡の分岐点


妙見宮(八木町)

その分岐点に建つ社と石燈籠


 ここが妙見宮の入口のようです。鳥居まではここから30㍍ぐらいです。


妙見宮(八木町)

悲惨な状態の鳥居前の建物


 社務所でしょうか? 大きな倒木が屋根を押しつぶしています。風が吹けば、建物のどこかからギィーギィーと何かがきしむ音が聞こえてきます。得体の知れないものでも住んでいそうな雰囲気です。


妙見宮(八木町)

妙見宮の石鳥居


 落ちて鳥居の足元に置かれている扁額には、「開運 妙見宮」と書かれていました。


妙見宮(八木町)

妙見宮


 蟇股(かえるまた)などには、能勢妙見山と同じ矢筈十字の紋章が見られます。最初は八木城主でキリシタン大名の内藤ジョアンに関係するのかな?と思ったのですが、これは能勢氏の家紋でした。

 妙見宮の裏には大岩があり、中は覗いていませんが大きな穴が開いています。祀られているのは、妙見大菩薩なのか、不動明王なのか、はたまた役行者なのかは不明です。ただこの穴の隣には、こんな低山にしては立派な滝がありました。


妙見宮(八木町)

岩に空いた穴  その前には倒壊した建物の痕跡がありました


妙見宮(八木町)

妙見宮の滝


 いい滝ですが、やはりこの回りにも倒木が多く、護持する人がいないのではないかと思えます。


妙見宮(八木町)
妙見宮の滝

妙見宮(八木町)

妙見宮の滝


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妙見宮
住所: 南丹市八木町八木
 京都縦貫自動車道のガード下にある、通称本郷地区の墓地駐車場を利用しましたが、参道は他にも八木町柴山区からのルートもあります。
 妙見宮は日中でも薄暗く、はっきり言って気味の悪い場所でした。境内には他に小社が2社ありましたが、どちらも崩れかかっていました。管理人が訪ねたのは3月中旬でしたが、草木が生い茂るこれからの季節は、足の踏み場もなくなるのではないかと思えます。特に夏場は、滝もあるのでマムシには注意が必要な所です。


あなたのワンクリックで救える命があります。


 

テーマ : 口丹波
ジャンル : 地域情報

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追加です

私も2018.1.7に八木城跡に登った後、妙見宮を見学しました。(八木城跡は、すばらい眺めでした。)妙見宮の石の鳥居の横に、寄付した人の名を刻んだ石碑があって、大正11年と書かれていました。当時は新しく鳥居を建てるほど参詣者が多かったようです。滝があるから、霊場行場として賑わっていたのでしょう。壊れていた建物は、プレハブ風で、それほど古い物とは思えませんが、八木城の方に登る道の入り口にも、やはり放棄された建物がありました。もしかしたら、修行者がお籠りする施設だったかも。
大正11年といえば、第一次大本事件の翌年で、八木は開祖出口直の三女福島ひさの嫁ぎ先です。(夫は福島寅之助)彼女自身、神懸りして「日の出の神諭」を残した、教祖様のような人で、後に大本教団から分離して矢野祐太郎と神政龍神会を始めた人です。
妙見宮はそれとは無関係かも知れないけど、当時の丹波地方は神懸りする教祖様や教団がたくさんあったようです。妙見宮も、そうした教団の施設が放棄されたのかも。宮川の稲荷神社も、かなり荒廃していていますが、こうした教団の興亡史は、事情を知っている地元のお年寄りから聞き取り調査をしておくといいですね。

Re: 追加です

 MR.HIMAJINさんへ

 はじめまして、コメントありがとうございます。タイトルに「追加」とありますが、直前のコメントがあるのでしょうか? あるならそちらはサーバー側から届かなかったようです。

 八木の妙見宮と不動堂はもともとそこにあったと伝わる廃寺跡に園部藩主が建立したもので、特別な教団の信仰の場ではなかったように思われます。廃屋となったプレハブは社務所で、最後まで護持に努められたのは八木ではなく京都市内にお住まいの方だったと誰かから聞いた記憶があります。不動尊は廃寺となった寺の本尊が不動明王だったということです。特に修験者の修行の場であったようでもありません。私は最初、伊勢講や愛宕講のようなものだと思っていましたが、それは間違っていたようです。
 宮川の稲荷神社とは富家稲荷神社のことだと思いますが、朽ちかけていた木製鳥居は立派な石鳥居に建て替えられていますし、私には少しも荒廃しているようには見えないのですが・・・・
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