伊達神社

このページでは亀岡市(宇津根町)の伊達神社を紹介しています。


 口丹波で延喜式神名帳に記された神社は、桑田郡19座(名神大社2座・小社17座)、船井郡10座(名神大社1座・小社9座)で、ここ3年弱の間に、その殆どを参拝して回りました。最後に残っていたのは、共に亀岡市の三宅神社と伊達神社ですが、この2社も今年になって訪ねることができました。

 もともと地元の神社のホームページを作ろうと発想した時に、せめて式内社はすべて回ろうと思っていたので、ようやく達成したというところです。
 ただ延喜式神名帳に記された神社名で現存していない神社は多く、式内の▼▼神社は現在の○○神社であろうと比定された、一般に論社と呼ばれる神社があり、論社は1社だけでなく、式内社1社に対して複数社の場合も結構あります。

 亀岡市の伊達(だて)神社は、延喜式神名帳の伊達(いたて)神社に比定されていますが、現在の伊達神社は宇津根町と余部町に2社存在しています。2社の距離は直線にして約800㍍と近く、どちらも論社です。

 そして今回訪ねた伊達神社は、宇津根町の方の神社です。


伊達神社

伊達神社 社頭


 鳥居を潜ると正面に境内社の稲荷神社が見えます。


伊達神社

稲荷神社


 曇り空で、少し薄暗い中で、奉納されている陶器の白狐の目が光り、少しゾクッとしました。(社の中央で、狐の両目が光っているのが見えますでしょうか?)


伊達神社

瓦屋根の本殿覆屋


伊達神社

一間社流造の本殿は栗材でできているそうです


 宇津根町の伊達神社について、江戸時代に書かれた地誌には、
「文治年中(1185~1189年)に、奥州の藤原秀衡の三男泉三郎忠衡が任務によって5年間上洛していた時に、別荘が宇津根にあり、任務を終えて帰国の際に、村長の娘が懐妊していたので、鎧、太刀、黄金等を与えました。生まれた娘が後に社を建てて、父忠衡の霊を祀ったのが当社で、館を精舎とし、鎧、太刀を収めたのが法蔵寺であったと伝わります。しかし伊達神社は式内社なので、当社を借りて忠衡の霊を祀ったのであろう」と記されています。(参考文献:日本歴史地名大系・京都府の地名)

 神社の隣(本殿の裏手)には宝蔵寺(上記の法蔵寺)があり、境内の案内を読むと、江戸時代の伊達神社はこの寺の境内社であったのが、明治になって神仏分離で現在地に遷ったと書かれています。


伊達神社
伊達神社 境内

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伊達神社
 住所: 亀岡市宇津根町東浦1-2
 駐車場は有りません。
 御祭神は五十猛(いそたける)命。
 この神様は植林・林業の神様と言われています。口丹波の神社で五十猛命を主祭神とするのは、当社と余部町の伊達神社だけではないかと思います。
 今の本殿は寛政元年(1789年)に再建された社殿です。 旧社格は村社。


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