鐘打鉱山跡

このページでは京丹波町の鐘打鉱山跡を紹介しています。


 先のヒキガエルを紹介した時に、「安栖里の金刀比羅神社に参拝して……」と書きました。金刀比羅神社の社殿が今の場所に建立されたのは明治元年です。

 その金刀比羅神社の一の鳥居のそばに、コンクリートでできた古い施設跡が残っています。施設跡の前には木が生い茂り、何やら不気味な雰囲気が漂います。中を覗き込んでみると、多くの粗大ゴミが捨てられていました。こんな場所にまで不法投棄にやって来る者がいるのかと、呆れてしまいます。

 金刀比羅神社が鎮座される鐘打山は、良質なタングステンを埋蔵していて、大正時代の終わり頃から大規模な採掘が行われていたそうです。神社の隣の施設跡は、鉱山の遺構でした。


鐘打鉱山

金刀比羅神社横にある鐘打鉱山の遺構(2012年3月)


 鐘打鉱山では1982年(昭和57年)に閉山されるまで、約60年にわたりタングステンが採掘されていました。戦後の混乱期には一時採掘は中断されたようですが、第二次世界大戦中の産出量は国内1位の月産30トンにものぼったそうです。山中に鎮まっていた神社も、この頃はさど賑やかだったことでしょう。

 神社の周辺を歩くと、鉱物マニアの人がよく訪れている形跡が見られます。所々獣の仕業とは思えない堀跡があったり、故意に割られたと思える石が転がっていたりしています。石や鉱物に関しては、まったく無知な管理人には判りませんが、マニアにとってはお宝の山なのかも知れません。


鐘打鉱山

割られたと思える石英のような石(2012年3月)


鐘打鉱山

神社の裏に転がっていた石(2012年3月)


 神社からの帰路、注意しながら徐行していると、他にも鉱山の遺構が見つかりました。


鐘打鉱山

坑道跡(2012年3月)


 坑道跡の入口はブロックで塞がれていました。ブロックの片隅に開けられている水路から、少し濁った水が勢いよく流れ出ています。


鐘打鉱山

工場か作業員の住居跡と思える遺構(2012年3月)


鐘打鉱山

山の中腹にも施設跡らしきものが(2012年3月)


 神社から500㍍ほど戻ると、道路脇を流れる川が浅瀬になっている所があって、ぶらっと下りてみると、先ほど見た石と同じような白い石が、流れに洗われていました。こちらの石は角が丸くて不注意で手を切ることもなさそうだったので、コブシ大のものを1個と、5㌢ほどの小さな石を1個、家でゆっくり観察しようと持ち帰りました。でもやっぱりそれはその時だけの考えで、持ち帰った石は納屋のプラケースに入れたままになっています。


鐘打鉱山跡で拾った石

持ち帰った石(2012年3月)


 上の写真の石は金属質な結晶のようなものが見られたので持ち帰りました。自宅で水洗いをしている最中に、パキッと割れて、指を切ってしまいました。気をつけていたつもりでもこの様です。


鐘打鉱山跡で拾った石
持ち帰った石 チャートのような層に金属光沢が見られます(2012年3月)

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鐘打鉱山
 住所: 京丹波町安栖里鐘打山
 最近まで、口丹波の鉱山は亀岡市の大谷鉱山ぐらいしか知りませんでした。しかし鐘打鉱山を知ると同時に、近隣には数多くの鉱山があり、かつてはタングステンやマンガンが多く産出されていたことを知りました。
 かつて鉱山で栄えた歴史があったことと同様に、下流域にカドミウム汚染等の公害が発生した歴史もありました。
 京都府のRDBで鐘打鉱山は、地質レッドリストの消滅寸前にあげられています。


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