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ホームページ「口丹波の社」の管理人アタの雑記帳。
参道に立てられている案内を読むと、
「京都帝釈天は、山号を紫雲山と称し、平安建都とほぼ同じ頃、宝亀十一年(780年)に、医聖の名高き和気清麿公によって開創され、爾来千二百年間、京都仙洞御所や園部藩主小出伊勢守など、多くの人々の信仰を集めて今日に至っています。また、近畿庚申信仰の一大拠点となっていたことも有名です。云々」
と、書かれています。
普段は無住の帝釈天堂は、当地区の福寿寺が管理し、寺を中心に地域の住民によって手厚く護持されています。案内に書かれた内容は、寺が所蔵する慶長七年(1602年)に書かれた縁起書が元になっているようです。
京都帝釈天の帝釈天堂は、紫雲山の中腹に建立されています。かつては狭い山道の参道を歩いて参詣しましたが、現在の参道は拡幅され、舗装もされているので、足腰の弱い人でも車で登れるようになっています。
また、約700㍍ある参道には108個の「願いの鐘」が並び、歩いて参詣する人は、思いおもいの願い事を込めて、鐘をつきながら登って行かれます。
参道の願いの鐘(2009年10月中旬)
参道の途中には、水を湛えた疣の神の小さな祠や、金毘羅大権現の小社、また式内社・船井神社の神宮寺であった観音寺の観音堂が移築されていて、安産祈願の観音様として信仰されています。
船井郡33霊場の第28番 観音寺観音堂(2012年2月中旬)
参道の突き当たりは、本堂へ続く長い石段になっています。勾配もきつく、写真のように雪や雨で滑りやすい状態の時には、迂回できる坂道があるので、そちらを歩く方がいいでしょう。
本堂前の石段(2012年2月中旬)
石段の先に法輪がありました。大晦日の夜にはすべての法輪に灯明がともり火の輪くぐりができるそうです。
法輪 正面は本堂の帝釈天堂(2012年2月中旬)
帝釈天堂(2012年2月中旬)
帝釈天堂(2012年2月中旬)
庚申の日には多くの人が参詣する境内は広く、いくつかのお社が祀られ、鐘楼もありました。またサルの人形や石像なども多く奉納されています。
境内に置かれたサルの石像(2012年2月中旬) |
帝釈天堂の背後には、奥の院の礼拝所があります。ここからまだ狭い山道を登った先の険しい斜面に、奥の院のお堂がありますが、今回は雪で参道の状態が悪そうだったのと、夕方で参道口に設置してある害獣防止柵の閉門時間が迫っていたので行くのは諦めました。
奥の院は腰の病に霊験があらたかで、昔はコンニャクを持って参り、それを供えて、前に誰かが供えた古いコンニャクを持ち帰り、そのコンニャクを温めて腰にあてると、痛みが取れるという習わしがあったそうですが、今も残っているかは不明です。
奥の院の礼拝所の手水鉢(2012年2月中旬)
京都帝釈天
住所: 南丹市八木町船枝志運山1 連絡先(tel)0771-42-3315(福寿寺)
駐車場有り。
ご本尊は帝釈天。
貞享二年(1685年)に建てられたと伝わる帝釈天堂は京都府指定文化財。
平安時代の作と考えられている脇侍の木造増長天立像と木造多聞天立像は市指定文化財。
大祭は毎年5月第2日曜日(母の日)だそうです。