西方寺

このページでは京丹波町の西方寺を紹介しています


 国道9号線水原交差点近くに建つ西方寺は、寺伝によると、開山は柏悦道根大和尚、伝法開山は老山泰静大和尚で、大然全孝大和尚が二世中興として諸堂の整備を尽くすとあります。

 その西方寺の銅造大梵鐘は船井郡三鐘の1つと称され、戦時下の供出を免れたのだそうです。現在町指定の文化財になっている梵鐘には、天明三年(1783年)に胡麻郷に住んでいた鋳物師藤原国清作と書かれています。梵鐘は本寺の開基谷垣羽右衛門の後裔で、檀徒でもある谷垣羽右衛門重知の母親が巨財を投じて作らせたものなのだそうです。


西方寺

西方寺


西方寺

西方寺の鐘楼門


 明治19年の夏、干ばつと悪病の流行によって村人たちは生きる気力も無くすほど弱っていました。そこで本寺の十二世見童大和尚は、檀中総代と共に丹後宮津湾に船を浮かべて21日間龍王水天に雨乞いの祈りを捧げました。すると満願の日に、青天俄かにかき曇り大雨となって、枯死寸前の稲や農作物などすべての生き物に生気が戻り、悪病も退散したといいます。村人はこの恩に報いるために浄財を集め、現在の鐘楼が再建されたと伝わっています。この言い伝えから西方寺の鐘楼は、雨乞いの鐘楼と呼ばれるようになりました。


西方寺

境内から見た鐘楼


西方寺

梵鐘


 さて、境内に入ると小ぢんまりとした本堂と境内を挟み向かい合うようにして、観音堂が建っています。観音堂には像高約1㍍の千手観音菩薩立像が安置されているそうです。像の製作年代は不明ですが、平安末期頃の作と推定されています。


西方寺

観音堂


 ご詠歌:われたのむ みだのじょうどのさいほふじ うきよをねがう ほだらくのやま


西方寺
本堂

 境内にはその他に、小さな祠(おそらく天満宮)や忠魂碑などが見られました。


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無量山 西方寺(曹洞宗 篠山市洞光寺末))
 住所: 船井郡京丹波町水原ヤケ田5
 山門の近くに駐車スペースがありました。
 ご本尊は阿弥陀仏。
 現在は絶えていますが、西方寺には味噌封じという珍しい祈祷があったそうで、味噌を小さな壺に詰めて、これに病気を封じ込み祈祷すれば、霊験あらたかとのことで、昔は遠近から祈祷をしてもらいにやって来る人が多かったのだそうです。
 創建は文正元年(1466年)。
 寺宝には上記の銅造梵鐘、雨乞いの鐘楼の他、雨乞い鐘楼龍王水天の図、正法眼蔵肉筆書全巻などがあります。


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