蛭子太神宮

このページでは京丹波町の蛭子太神宮を紹介しています。


 口丹波には小高い山の中腹や山頂に祀られている神社が多くありますが、この蛭子太神宮もその中の1社で、蛇行する高屋川沿いの絶壁の突端に祀られています。

 蛭子エビスと読まれたりヒルコと読まれたりして、その呼び名によって祀られている神様が違ったりして、ちょっとややこしい神社です。そしてこの蛭子太神宮の読みは管理人にはわかりません。船井郡神社誌には御祭神が事代主(ことしろぬし)命ではなく蛭子神と書かれていたので、蛭子神が蛭子(ひるこ)命でありば、ヒルコダイジングウと読むのかも知れないな、なんて思っています。


蛭子太神宮

参道口に建つ朱塗りの鳥居


 鳥居の少し奥にはJR山陰線の鉄橋の大きな支柱があります。

 鳥居を潜った所から参道は急な上り坂になりますが、これが本当に道なの?と思えるほどゴツゴツした参道です。両側には竹を組んで手摺り状の柵が設置してあり、これがなかなか風情のあるものにしています。


蛭子太神宮

蛭子太神宮 参道  どうやらこの山は岩山のようです


蛭子太神宮

参道の岩に生えるコケとマメヅタ


 参道口付近では岩だけでなく木々の幹にも、マメヅタがびっしりと密生していました。


蛭子太神宮

途中で振り返って見た参道  登りより下りの方が大変そうです


 歩きにくい道でしたが10分ほどで境内に着きました。


蛭子太神宮

境内入口の門


 潜ったので門と書きましたが、狭い境内で社務所や倉庫を兼ねた建物のようでした。


蛭子太神宮

門から見える社殿


蛭子太神宮

社殿正面


 場所柄大きな社殿を建てることは不可能だと思います。これだけの建材でもどうやってここまで運ばれたのかとも思い、氏子さんたちのご苦労を感じます。

 ただこの社殿ですが、船井郡神社誌には大正11年に本殿覆屋が新築されたとありました。見る限りにおいてはもっと新しいように思えます。そう思って社殿の裏側を覗くと、奥にもう1社建っていました。


蛭子太神宮
もう1つの社殿
-PR-
熊野古道

 最初の社殿の裏にやや下りの道があり、その突き当たりにもう1社ありました。
 奥の社殿は、こちらも覆屋の中にありましたが、何かボロボロといった感がありました。屋根こそちゃんとしていましたが、前面は壊れて(あるいは壊されて)木片が散らばっていました。賽銭泥棒だったら表の神社も一緒に荒らすだろうし、動物の仕業なのかも知れません。

 しかしこちらのお社の方が古いように見えます。また立地もまさに岩壁の縁にあるので、こちらが本来の蛭子太神宮のように思えます。少し広い場所にある表の神社は後から建てられたもので、古い方とは本社と奥社のような関係ではないかと推測しています。


蛭子太神宮

奥の社殿  激しく傷んでいます


 境内に建つ神社はこの2社だけで、他に末社はありませんでした。境内の周囲は小高木が囲んでいます。木が無かったらここからの眺めは素晴らしいものなのか恐ろしいものなのかどちらだろう?などと想像しながら参拝を終えました。


蛭子太神宮

境内から見える高屋川

クリックで救える命がある。
にほんブログ村 地域生活(都道府県)ブログ 京都情報へ



蛭子太神宮
 住所: 船井郡京丹波町下山大郷6-1
 御祭神は蛭子神。
 創建等の由緒は不明。
 駐車場有り。
 京都府神社庁の社名簿には蛭子神社で記載されています。蛭子太神宮は地元での通称名のようです。


 

テーマ : 口丹波
ジャンル : 地域情報

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

アタ

Author:アタ
よろしくお願いいたします。

目  次
ページ検索が容易にできます。
関連サイト
口丹波の社
口丹波の花と植物
三枚山の植物
花っていいね!
最新記事
カテゴリ
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
訪問いただいた方
企業リンク

ウッドマート

 

 

 

検索フォーム
リンク
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

にほんブログ村
ブログランキング・にほんブログ村へ
スポンサード・リンク