八幡宮

このページでは南丹市美山町の佐々里八幡宮を紹介しています。


 かつて美山町佐々里の八幡宮は、知井八幡宮中村蔵王権現と並び知井(村)三社と呼ばれていました。創建等の由緒は不明ですが、この八幡宮には知井八幡宮と同町鶴ヶ岡の諏訪神社と同様の甲賀三郎による大鹿退治の伝承が残っています。

 元明天皇の和同六年(713年)に、妖怪がしばしば禁裏に出没して、近国の農民も苦しめられていました。天皇が原因を占わせると、丹波国北部の深山に棲む八ツ頭の大鹿の仕業であるとわかりました。
 天皇は甲賀(香賀)三郎兼家に大鹿退治を命じ、兼家は猛者を引き連れ丹波にきました。諸神の加護を祈って矢を作り弓を削った地が現在の京北弓削であると言われています。兼家らが準備を終えたところへ二人の童子が忽然と現れて、案内させてほしいと願い出ました。こうして兼家一行は八丁山から入り、佐々里の上流の栃柳谷に入ったところで天地鳴動して八ツ頭の大鹿が躍り出て、兼家目がけて飛びかかってきました。
 兼家はひるむことなく矢を放つと、矢は大鹿に命中し、それでも大鹿は山を下るまで逃げようとしたのですがついには倒れ、流血が岩を染め道を埋めました。この地は赤石ヶ谷と呼ばれています。
 大鹿を射止めた兼家は佐々里の里に出て、神恩に感謝し一祠を建てました。これが八幡宮の始まりと伝わります。ただ甲賀三郎兼家はまったくの伝説上の人物で、神社の創建が和銅年間とするのは疑わしく、古文書等で残る最古のものは江戸時代の元文五年(1740年)のもので、その時には既に神社があったということはわかっています。


佐々里の八幡宮

八幡宮の鳥居


 佐々里の八幡宮は府道38号広河原美山線と府道370号佐々里井戸線が分岐するところに鎮座され、境内は三角形になっています。府道38号線側に鳥居があり、鳥居を潜ると右手側に拝殿、本殿があります。


佐々里の八幡宮

拝殿  真っすぐ奥に本殿  両側にはスギなどの巨木が並んでいます


佐々里の八幡宮

一間社流造檜皮葺の本殿


佐々里の八幡宮
文化六年(1809年)と刻まれた燈籠
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京都北山から

佐々里の八幡宮

境内


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八幡宮
 住所: 南丹市美山町佐々里森脇19
 駐車場なし
 御祭神は応神天皇。 境内末社は見当たりませんでした。
 佐々里まで行くと川の水が本当にきれいで、この辺りはアマゴ、ヤマメ狙いの釣り客が多く訪れますが、ルアー釣りしか認められていないので、遊漁券さえ買えば誰でも簡単に釣りが楽しめるという場所ではありません。


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