元明院(げんみょういん)

このページでは亀岡市の元明院を掲載しています。


 標高616㍍の三郎ヶ岳山麓の旧美濃田村には、かつて七堂伽藍を完備し隆盛を極めた元明院があります。
 元明院は和銅元年(708年)に元明天皇の勅願によって創建され、後に堂塔は大破するも、安元元年(1175年)になって平重盛によって七堂伽藍を備えた大寺院として再建されたと伝わります。

 その後天正年間に、明智光秀の丹波攻めによる兵火によって焼失しました。元明院のすぐ近くにある延喜式内社の松尾神社も本殿以外はすべて焼き払われました。

 そして天正十五年(1587年)、僧宗俊が寺を中興したとも伝わります。

 現在の元明院は本堂と呼ぶよりは庫裏か集会場のような木造建屋が1棟建っていますが、無住で、集落とは動物除けの柵で仕切られた山腹にあります。


元明院

元明院 山門(西側)


 境内には西側と北側の2ヵ所に門が残っています。どちらもいつの時代に建てられたものかはわかりませんが、屋根も朽ちていて門の近くに立てば、足元には落ちて割れた瓦が散在しています。


元明院
北側の門  通用門でしょうか?
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 今では廃寺となってしまった元明院で、かつての名残を探すことはできませんでした。ただ大きくて立派な宝篋印塔(ほうきょういんとう)1基が静かに建っていました。この宝篋印塔にはお参りをする人があるようで、前に缶ビールが供えてありました。


元明院

南北朝時代の作とされる宝篋印塔(亀岡市指定文化財


元明院

宝篋印塔


元明院

手水鉢


元明院

境内

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元明院(真言宗 東寺末)
 住所: 亀岡市旭町柳谷2
 駐車場無し
 焼失などで古文書等の史料は残っていません。現在福岡県の九州国立博物館には元明院に伝来した平安時代後期の作と考えられている、木造阿弥陀如来立像1躯(国重要文化財)が所蔵されています。
 近隣の松尾神社同様、三郎ヶ岳を水源とする清水の流れ下る音が境内に響き渡り、寺の盛衰に想いを馳せていると、アッと言う間に時間が過ぎてしまいます。


 

テーマ : 口丹波
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