慈眼寺

このページでは京都市右京区京北の慈眼寺を紹介しています。慈眼寺は明智光秀ゆかりのお寺です。


 京都市右京区京北の中心地である周山は、明智光秀がここに築いた城を周山城と名付けた時に、同時に地名も周山と定めたと言われています。
 信長の命により丹波平定に乗り出した光秀は、新たな戦略拠点としての城造りの材料調達も兼ねて、丹波各地の寺や神社を壊し、また焼き払いました。この時丹波にあった文化財的価値の高い建築物や美術品の多くが消滅してしまいました。焼き払われた過去を持つ寺の案内板などには、光秀の行いを「暴挙」と記すところもあります。

 しかしここ周山では、明智光秀は英雄のようです。それは光秀がやって来るまで当地を支配していた宇津城の城主宇津氏は、4代にわたって悪政を行い住民を苦しめていたために、住民は宇津氏を戦わずして滅ぼしてくれた光秀を称えたのだそうです。

 周山は都と若狭を結ぶ要衝で、丹波を統治する光秀にとっても重要な城で、現在の城山山頂に築城されました。しかしまだ完成しない内に本能寺の変が起こり、主を失った城は未完成のまま廃城となってしまったのだそうです。

 その城山の麓に慈眼(じげん)寺はあります。


慈眼寺

慈眼寺 山門


慈眼寺

本堂はコンクリートの建物


 慈眼寺の本堂には毘沙門天と地蔵菩薩を脇仏とする本尊の聖観世音菩薩が安置されています。本堂奥には開山堂があり、その格子天井には182枚の見事な花絵が描かれていて、歴代住職と檀家先祖の霊碑が安置されています。


慈眼寺

釈迦堂


 境内の釈迦堂は明治の中頃に廃寺となった臨済宗寺院の密厳寺から移されたもので、釈迦堂の本尊は烏枢沙摩(うすさま)明王です。この明王は天台密教においては五大明王の一尊として崇められています。烏枢沙摩明王は汚れを炎で浄化する力を持ち、特に不潔・不浄とされたトイレを守護する仏として有名です。また生まれてくる前の赤ん坊が女児であっても、男児に転換できる能力を持たれているとされ、そのせいか当寺の本尊は女性の守り本尊として多くの信仰を集め、「うすしまさん」の愛称で親しまれているのだそうです。

 そしてこの釈迦堂内には黒塗りの木造明智光秀坐像(京都市指定文化財)と光秀の位牌が安置されています。本能寺の変のあと、逆臣の汚名を着せられた光秀の徳を慕った住民が、像が光秀だとわからぬように墨で黒く塗り、金具を外して密かに祀ったものだと言われています。

 木造明智光秀坐像と光秀の位牌は釈迦堂と同様に密厳寺から慈眼寺に移されたものだそうです。慈眼寺の境内で祀られている稲荷神社もまた、密厳寺から遷座された神社でした。稲荷神社は密厳寺西岸の大絶壁頂上に、数百年間鎮座し、度々反乱を起こす桂川の鎮守として祀られていたのだそうです。


慈眼寺
稲荷神社
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永平寺

 管理人が訪ねた時は快晴で、運転していると少し汗ばむような日でしたが、境内には多くの雪が残っていました。


慈眼寺
慈眼寺
慈眼寺の庭
鐘楼
慈眼寺
慈眼寺
金光明最勝王経の石塔
夷三郎大明神像

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慧日(えにち)山 慈眼寺(曹洞宗)
 住所: 京都市右京区京北周山町上代4   連絡先(電話)0771-52-0213
 山門には慈眼禅寺と書かれています。
 国道162号線 道の駅「ウッディー京北」の近くです。


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