徳神社


 神々が地上を闊歩されていた大昔、現在の亀岡盆地は大きな湖でした。その湖はいつも泥で赤く濁り、大蛇が棲んでいたと伝わります。丹波のの字は赤い色の意で、いつも赤い波が立っているその湖が丹波の語源という説があります。

 ある時大国主命をリーダーに出雲の大神たちが湖の見渡せる山頂に集い、その水を抜いて肥沃な田畑に変えようと相談をされました。神々が集合された場所にほど近い樫田村(現・高槻市)の樫の木で舟を造り、大国主命は鍬を、大山咋(くい)は鋤をそれぞれ手にして現在の保津峡を切り開き、泥水を嵐山へ流すという壮大な事業を展開されたのです。そうして亀岡盆地が誕生したというのが亀岡の蹴裂伝説です。

 この大事業のために大国主命によって神々が集められた場所こそ、徳(のり)神社が鎮座される神原でした。創建時神原の山頂に祀られた徳神社は、これらの神々の神徳を崇め祀った神社です。


徳神社

徳神社 正面  現在は山腹に遷座されています


徳神社

参道


 参道は谷筋になるので雨が降ると川になるのではないかと思われます。現在は右側に整備された道を利用されているのでしょう。

 神社が山頂にあった頃から、神原では「朝日輝き夕日照るところ(鎮座地付近)に黄金の鶏が埋められている」という言い伝えがあったそうです。当地は神聖で特別な場所として神話の時代から住民に崇められてきたところです。


徳神社
享保十五年(1730年)寄進の手水鉢 滴る清水は凍りついていました(1月)
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徳神社

拝殿


徳神社

覆屋内の本殿は一間社流造


 末社は本殿に向かって左側に1社、右側に2社ありますが社名はわかりませんでした。現在の境内は決して広くはありません。しかし当地に集まって来られた神々に思いを馳せながら歩くのもまた楽しいものです。

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徳神社
 住所: 亀岡市東別院町神原
 御祭神は大山祇(おおやまづみ)命。 この神様は山林農耕の神として崇敬されている神原の氏神様です。
 創建時期や遷座の時期等は不明。


 

テーマ : 口丹波
ジャンル : 地域情報

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