川内多々奴比神社(かわちたたぬいじんじゃ)


 川内多々奴比神社は篠山市にある神社で、延喜式神名帳にも記載されている兵庫丹波でも有数の古い神社です。現在は神社の正面を舞鶴若狭自動車道が通り、疾走する車の音も聞こえてきますが、背後には多紀の山々が連なり、社前には田畑の広がるのどかな雰囲気の神社です。


川内多々奴比神社

正面


 神社の由緒板には、崇神天皇の御代(紀元前97~紀元前29)四道将軍の1人丹波道主命が、この地に野陣を張り賊徒征伐に苦慮された時、白髪の翁が現れ玉剣を授け、その加護により平定することができたので朝廷に言上し、勅令によりここに宮地を営んだのが最初とありました。そして社名の川内は当地を川内郷といい、神盾を奉仕する斎部の楯縫氏が祖神を祀ったので川内多々奴比神社となりました。さらに天智天皇二年(663年)九月九日勅令により祭祀を執り行ったのが祭礼の初めで、天武天皇白鳳元年(672年?)国司により造営され、氏子中20社の総社で平生は一ノ宮と呼んでいる、とありました。


川内多々奴比神社

境内


川内多々奴比神社

本殿


クリックで救える命がある。

 境内には樹齢千年とも伝わる垂乳根の公孫樹(たらちねのぎんなん=イチョウの木)があり、川内多々奴比神社のご神木になっています。このイチョウは幹や太い枝から気根が垂れ下がり、古来、垂乳根・乳の木とも言われ育児や長寿祈願のご神木として信仰を集めています。またイチョウの大樹には数十種もの宿り木が繁茂し、イチョウの葉の中には生きた化石ともいわれる漏斗状のラッパイチョウの原始葉も見られ、学術的にも注目されているそうです。


川内多々奴比神社

垂乳根の公孫樹の幹周は約7.0m  樹高約20mです


 正暦元年(990年)に大江山の鬼退治で有名な源頼光が神社に立ち寄った際に、太刀一振を奉納して必勝祈願をし、現在その太刀は神社の宝物として残っているそうです。境内には頼光駒止めの樫(今の樫は二代目)と石碑がありました。


川内多々奴比神社

頼光駒止めの樫


にほんブログ村 地域生活(都道府県)ブログへ

川内多々奴比神社(通称 一宮)
 住所:篠山市下板井74
 主祭神は天照皇大御神(アマテラシマススメオホミカミ)
 配祀神は建速素盞嗚命(タケハヤスサノオノミコト)
 旧郷社。
 境内は特に広いことはないのですが見どころの多い神社です。これからは垂乳根の公孫樹はじめ木々が色づいてくるので神社は華やか雰囲気に包まれることと思います。



-PR-
  

 

テーマ : 兵庫県
ジャンル : 地域情報

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

アタ

Author:アタ
よろしくお願いいたします。

目  次
ページ検索が容易にできます。
関連サイト
口丹波の社
口丹波の花と植物
三枚山の植物
花っていいね!
最新記事
カテゴリ
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
訪問いただいた方
企業リンク

ウッドマート

 

 

 

検索フォーム
リンク
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

にほんブログ村
ブログランキング・にほんブログ村へ
スポンサード・リンク