熊野皇神社


 南丹市や船井郡内ではその面積の多くを山林が占めていて、狭い谷間の小さな集落が相当数存在します。そのような集落では昔から農業では生活が成り立たないので、主に林業で生計を立ててこられました。しかし近年では建築資材としての木材は安い北米や北欧材にとって代わられ、茶室や数寄屋、一般住宅でも床の間などに使われる有名な京都市京北の磨丸太でさえ、単価の安い類似品などもあって苦戦しています。もはや林業でも生きて行くことが困難となった地域では、必然的に若い後継者たちが地域から離れていき、高齢を迎えた親の世代のみが細々と農林業や地域の伝統を守るという事態があちこちで起こっています。

 船井郡(旧和知町)の大簾(おおみす)地区も例外ではなく今では限界集落と呼ばれるほどになっています。Wikipediaで限界集落の定義をみると、人口の50%以上が65歳以上の高齢者となり、社会的共同生活の維持が困難になった集落のことで、やがて消滅に向かうとあります。
 そんな大簾地区には約25世帯でおよそ40人(2008年の時点)が生活をされているそうですが、地区の主要道路である府道59号線に面して熊野皇神社(くまのこうじんじゃ)は鎮座されています。


熊野皇神社

熊野皇神社 正面


熊野皇神社

覆屋内の本殿


クリックで救える命がある。

 熊野皇神社は京都府神社庁所属の神社で、同神社庁で社名を見ると熊野神社となっていました。熊野神社が正式な社名かも知れません。
 熊野皇神社では2008年に創建千百五十年祭が営まれました。逆算すると天安二年頃の創建になるのでしょうか、いずれにしても船井郡有数の古社であることは間違いありません。大簾地区では京都府下をはじめ近隣に移り住んだ地元出身者約90世帯に対して、事前に創建千百五十年祭の招待状を送り、大祭にはおよそ100人が参加されたそうです。祭礼の後たる神輿が練り、和知太鼓の演奏があったり寸劇があったりと、盛大に営まれたたようでした。
 境内は山の斜面にあるために広くはありませんが、山間の景色にとけ込むすがすがしい空間です。また境内はきれいに清掃されていて、地区内で大切にされていることがすぐに理解できます。地区を離れた人々にとっても祭りの営まれる神社は、思い出がいっぱい詰まった特別な場所なのに違いありません。

熊野皇神社熊野皇神社
末社  朱が鮮やかな稲荷神社末社  神社名は不明

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熊野皇神社
 住所: 京都府船井郡京丹波町大簾宮ノ脇
 御祭神は建速須佐之男命(たけはやすさのおのみこと)
 過疎化が進む大簾地区内に京都縦貫自動車道が通る計画で工事が進行中です。この事で当地区が潤ったり、過疎化の進行が止まり活性化するとは思えません。しかし伝統や祭りもそうですが集落自体を後世に残すためには、何か活性化に繋がる試みのようなものが必要であることは言うに及びません。



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